~ sleeping lion ~ 4
何を言われたのか分からないという風に小首を傾げる日向に、若島津は同じ台詞を繰り返す。
「試してみる?」
「え?」
「試して見ればいいんじゃない?気持ち悪く思うか、どうかさ」
「どうやって試すって言うんだよ」
「あんたが体育倉庫で見たようなこと。・・・してみる?」
日向は何の冗談を、と笑い飛ばそうとしたが、若島津の顔を見て、本気で言っているらしいということに気がついた。
それと、若島津が自分が思っている以上に怒っているらしいということにも。
若島津という男は、怒れば怒るほど、表情というものが無くなる。日向は小学生で付き合うようになってすぐに気がついたから良かったものの、それに気がつかないでその後に激しく後悔する目にあった人間を、今までに数えきれないくらい目にしてきた。
「・・・だって、お前」
「あんたはどうか知らないけれど、俺はあんたに触ったり触られたりしたくらいで気持ち悪くなったりしないよ。・・・結局、あんたの問題なんじゃないの?」
「そうじゃないだろ。だって、それは普通じゃなくて、えっと・・・特別な意味での触る、だから・・・」
「俺はあんたをその辺の奴等と一緒に考えたことはないよ。ずっと、特別なつもりだったけどね」
「・・・だから、それは・・」
「気持ち悪い、って思えば止めればいい。・・・俺はならないって自信あるけど。あんたはどうだろうね。俺に触られて、気分悪くなるかも」
「・・・・・・・」
そんなことは無いだろう、と日向は思った。でも、言葉にはできなかった。鼓動が速くなり、バクバクと音を立てている。日向は息をのみ込んだ。
ゆっくりと自分に近づいてくる若島津を、初めて、 怖い、と日向は思った。
いや、違う。若島津が怖いんじゃなくて
若島津にもたらされるであろうものが、怖いんだ。
自分を見上げたまま身動ぎもできない日向の両手を押さえ、若島津は日向にのしかかった。
「・・やっ・・・い、やだ・・・っ」
日向はベッドの上で、両手を後ろ手にされて、うつ伏せの状態で若島津の体重を受け止めていた。
「・・・離せ・・よっ」
日向が身をよじる度にベッドがきしむ。体を何とかずり上げて逃れようとするのだが、若島津に押えつけられたままでそれも叶わない。
「・・・ぁ。・・・んっ」
若島津が日向の項にキスをする。そのまま唇をずらして、首筋を上がり、耳の後ろの柔らかい所を吸った。
「あっ・・や、だぁ・・・ぁっ」
若島津の指や唇に触れられても、日向は気持ち悪さなど微塵も感じなかった。それどころかゾクゾクとする甘い痺れが、指の先から、爪先から、日向の体をなめるように這い上がってくる。その感覚に耐えることの方が難しそうだった。
日向は頭を振って若島津の唇から逃げようとするが、その途端に耳朶を甘く噛まれ、ただ震える。
「んっ!・・・んぁ」
若島津の片手が日向のTシャツの裾から潜り込んでくる。指の長い節ばった手が自分の肌の上を動くのを想像して、日向はそれだけで感じた。
「や、やめ・・・っ」
「どう?俺が気持ち悪い?・・・俺が触って、どう感じる?」
「・・・・バカ、ヤロ・・っ」
どう感じているかなんて、お前に分からない筈がないだろうっ・・・と、日向はうっすらと涙をためた目で、きつく背後の若島津を睨みつける。
若島津はその日向の顔を見て、ゆるりと微笑んだ。
「・・・そんな顔されると、マズイかも。こういうの、何ていうのかな。ミイラ取りがミイラ?」
「訳わかんねぇこと、言って・・んっっ!」
若島津の指が日向の胸の小さな突起を弄び始める。耐えられないように日向が首を振り、その髪がパサパサと乾いた音を立てる。
「俺、あんたが好きだよ。・・・でも、あんたを見て、自分がこうなるなんて思ったことも無かった」
「・・・・も、いい、だろっ、離せ、よ・・っ」
「こうなったら、止まんねぇもん。・・・あんただって分かるだろ?」
不意に腰を下半身に押し付けられ、その感触にビクリと日向が身を竦ませる。
「バッ・・!絶対、イヤだッ・・・んんっ!・・・ふぁっ・・」
耳の中を柔らかく湿ったものが優しく掠めていく。若島津が日向の耳に舌を差し入れると、日向は更に甘い声で鳴いた。
このままじゃ、本当にヤバイ、かも・・・っ
貞操の危機を今更ながらに感じた日向は、どうすればいいかを考える。
・・・そりまち・・・。いや、ダメだ。
助けを呼ぶにも、まさか自分たちのこんな姿を見せる訳にはいかない。
若島津が日向のTシャツをたくし上げ、首を抜く。そのまま後ろに脱がし、日向の腕を後ろ手に縛りあげてしまった。
そうして日向を仰向けにし、その両足の間に自分の体を割りいれ、日向と視線を合わせる。
「どう?・・・俺に触られるの、耐えられない?止めて欲しい?」
日向にはどう答えていいか分からなかった。若島津に触れられるのは、耐えられないことではない。でも、この行為は止めて欲しい。
それに、力づくでは勝てないと思い知るのも男として悔しい。自分は上半身を裸にされたのに、若島津の格好が全く乱れていないのにも腹が立つ。
黙って日向は若島津を睨み上げた。その潤んだ瞳から、涙が一粒眦を伝い落ちるのを見て、若島津は優しく笑い、日向の唇にそっと口づける。
「・・・・わ、か」
「黙って・・・」
最初は唇を軽く触れ合わせるだけだった。それが段々と角度を変えて深いものになり、やがて若島津の舌が入り込んでくる。口腔内を好き勝手に蹂躙され、何が何だか分からなくなった頃に、自然と日向も若島津に応えようとしていた。逃げ惑っていた舌がおずおずと前に出て、若島津のそれと絡み合う。
「いっ・・!・・・痛ッ!」
若島津がもっと深く、と日向に体重をかけた時に、今までの甘い声とは違う、鋭い叫びが日向から上がった。若島津は慌てて身を起こし、無理な体勢を強いていた腕の縛りをほどく。
大丈夫か・・・と問う間もなく、若島津が強烈な右ストレートを左頬に受けたのは、その直後だった・・・・・・・・。
「あっれー。何、健さん。その顔」
翌朝の練習で、目ざとく若島津の顔の青あざを見つけた反町は、他の誰もが見て見ぬ振りをしている中、ただ一人若島津を問いただした。
ジロリ、と若島津に睨まれても、反町には効かない。益々楽しそうな顔をして、寄ってくるだけだ。
「そんな顔したってムダムダ。・・・まあ、お前にそんな痕をつけることができるのは、日向さんくらいなものだろうけど。・・・え?昨日、喧嘩なんかしてたっけ?」
寮の壁は防音など施していないので、日向と若島津が取っ組み合いの喧嘩をしたのであれば、隣室の反町が気がつかない筈がなかった。
「喧嘩なんかしてない」
「じゃ、何。・・・・まさか、襲っちゃった訳じゃあないだろうな」
「だったら、どうする」
「日向さんが嫌がるようなことは許さない。例え、お前でも。」
「そんなこと、俺だってする気はない。・・・だから、昨日確かめただけだ」
顔に青あざを作り、ゴールポストにもたれたまま不機嫌さを隠そうともしない若島津に他の部員は近づいてこないので、二人は声を潜める必要もない。日向すらも昨夜の気まり悪さからか、起きた時から若島津に口を聞いてこなかった。
「・・・へ?日向さんが嫌がるかどうか?」
「ついでに、俺が嫌じゃないかどうか」
馬鹿馬鹿しい、と言って、反町は肩を竦めた。
「お前が、日向さんの何を嫌がるって?馬っ鹿じゃねえの?大体お前の日向さんへの執着や独占欲は、昔から異常だったよ。・・・それでも最近はオトナになって落ち着いたかと思ってたけど、そうでも無かったのな」
「言っておくけど、今回のことは俺じゃなくて、あの人から始まったことだからな」
「・・・ふーん。じゃあ、元々は久保のヤローのせいだな。あいつが元凶で、寝た子を起こしたって訳だ」
寝た子、と言われた若島津は、「なら、後で久保に礼をしておくか」と笑った。
「お前。朝、反町と二人で何を話してたんだよ」
「別に。この顔の痣について聞かれたから、答えていただけですけど。それが何か?」
教室の移動の際に、廊下ですれ違った日向が若島津を引っ張って人気のない階段の屋上への出口前まで連れて行く。
「・・・反町に妙なこと、言っていないだろうな」
「言ってませんよ。・・俺だって、まだ目覚めたばっかりだから、そうそうおかしな噂をたてられても嫌だし」
「・・・目覚めたばかりって、何に」
「男同士の恋愛も、有りかな、って。あんたとなら」
にっこりと整った顔で言いきる若島津に、日向は酸素を求める金魚のように口をパクパクさせる。
「まあ、昨日はこんな目に合ってしまいましたけど。目覚めたからには、俺、諦めるつもりありませんから。いずれ、行きつくところまで行きますから。いいよね?あんたも、俺のことを嫌じゃないって分かったし。大丈夫、無理矢理は趣味じゃないんで」
「・・・・・・」
嘘つけっ!昨日は大分強引だったじゃねえか・・・っ、と日向は思ったが、「じゃ、移動の途中だから、もう行くよ」と言って去る若島津に、何を言うこともできなかった。
そもそも、こうなった最初の原因は・・・・。
「・・・・・久保~~~~ッ!!」
東邦学園の抱えるもう一人のスター、将来はメジャー確実とまで言われる同い年の投手の元に、日向は押さえきれない怒りを抱えて走って行った。
END
2012.10.06
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